かがみ - はらぐろぺんぎん
taromatsumura, 2007.04.16 14:24 [ Column / haraguro-penguin ]

みづきのいえにあがらせて
もらうようになったときに、
それまでしらなかったたいせつな
ことをしった。
それはじぶんが、
ほかのなかまとからだのいろが
ちがうということだ。
はじめはびっくりしてなかなかじぶんの
ふしぜんなすがたをみるのがこわかったけれど、
どうじに「なるほどな」とわかったこともある。
どうしてむれで、なかまが
ちかよってこなくなったのか。
ミヅキは僕が自分になついたと思って、名前を付けてくれた。「ぺんた」といつも呼ぶから僕も自分の名前だと分かったけれど、本当にがっかりしちゃうくらい単純な名前を付けてくれたものだ。ペンギンだから「ぺんた」だなんて。ネーミングセンスはちょっと微妙だけれど、よくミヅキは僕のことをペンギンだと見てくれたな、と別のところで感心している。それは僕がはじめてミヅキの家に上がったときの話だ。
ミヅキのニュージーランドの家の様子はあまりちゃんと覚えていない。理由は家に入ったときに目の前にある鏡だった。鏡というのは鏡の前にあるモノをそのまま映すので、自分が鏡の前に立てば、自分の姿が映る。当たり前のことだ。しかしこの当たり前のことに、僕はものすごく驚いてしまった。だって、自分がイメージしていた自分の姿と違うんだから。
普通ペンギンというのは背中が黒くてお腹が白い。自分もてっきりそう言う姿だとばかり思っていた。けれども鏡に映った自分の姿を見ると、お腹が黒くて背中が白い。背格好は他のペンギンと同じだけれど、白と黒が逆の色遣いになってしまっているのだ。本当にびっくりして、しばらくはミヅキの家に入ろうにも、鏡に映る自分の姿を直視できなくて引き返して出て行ってしまった。
始めから僕の姿を見ていたミヅキにとっては、ペタペタのんびりと家の玄関に入りかけてから一目散に逃げ帰ってしまう僕を見て、「まだ家に入ってくるのが怖いのかな」と自分になついていないんじゃないかと思っていたみたいだ。でもそうではなくて、自分の姿を見るのがしばらくはやっぱり怖くて逃げていたのだ。
ペタペタのんきにミヅキの家までついていくけれど、2回目から5回目くらいまではドキドキしていたものだった。けれども6回目におそるおそる鏡を10秒間くらい見つめることが出来た。まあ何度見ても代わり映えがしないから、「そういうものか」というあきらめに近い納得をした。多分受け入れたというのとはちょっと違うと思うが、とりあえず鏡の恐怖はなくなった感じだ。
それと同時に、「なるほどな」と思ったこともあった。どうして仲間のペンギンが近くに寄ってこなくなったのかが分かった気がしたからだ。僕1人だけ、他の仲間と白黒が逆だから寄ってこなくなったのだろう。後から僕を見た学者の先生は首をかしげながら「突然変異か何かですかね」とお茶を濁していたけれど、へんてこな子孫を残すべきではない、というのは本能というかDNAの教えなのだろう。
仲間達が離れたのも仕方がないことだとは思う。僕だってコントラストが逆な子孫を残さない方が良いんじゃないか、と思うから。けれどミヅキは、ちゃんと僕のことをペンギンだと見てくれてあの名前を付けてくれたし、何より仲良くしてくれているように感じた。お互いひとりぼっちの散歩仲間なわけだし。じーっと眺められるのがちょっと恥ずかしいから何とかして欲しくはあるんだけれど。
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